展示解説《菊地信義と平出隆》
«TAKASHI HIRAIDE—-AIRPOST POETRY» 展のうち 2016 at the Japan Foundation Toronto
菊地信義(1942-)は1970年代半ばに登場して、それまでの文芸書の装幀のあり方を一新した現代日本の代表的な装幀家。その手法は、作家の意識に即してそのテクストを深く読み込み、多彩な図像構成や、実験的タイポグラフィーを駆使して、かつては出版社が担っていたプロデュースの部分をさえ、デザインの中に取り込もうとする。積極的に作家の意識に関わるという意味で、彼はときに編集者以上に編集的となり、批評家以上に批評的となった。ブックデザインの後続世代に大きな影響を与えて今日に至る。
1976年、装幀家デビューを果す直前の菊地信義は編集者でもあり、第一詩集を刊行する直前の、学生詩人であった平出隆(1950-)を見出した。菊地はこの第一詩集刊行の後から、つづく平出の一連の詩書に対して「批評としてのデザイン」による強力な励ましを与えてきた。こうして、菊地の果敢な装幀は、平出隆の作品展開に寄り添い、方向づけるものとさえなりえた。
1976年以降11年間、出版社に勤務した平出隆は、敬愛する他の作家の著書の装幀をも菊地信義に依頼し、自然にその方法意識を修得する。一方、菊地は小雑誌「書紀=紀」「stylus」から『伊良子清白全集』などに至る平出のデザインの質を高く評価。このような関係が、2010年の «via wwalnuts» に達すると、しかし新しい次元に入る。作家は自身の作品を真には装幀できないはずだ、とする装幀家と、その原理的な意味を知りながら、一線を越えてみずからの作品をみずから造本しようとする作家とは、もう一度、異なる次元に別れるからだ。
これは、平出隆の造本の活動が、第一級の装幀家との幸福な共同作業や相互の影響関係から、さらに踏み出そうとする大胆さに裏打ちされていることを証すものだろう。(国際交流基金トロント日本文化センター)