白を追う
菊地信義
── 平出隆の装幀『伊良子清白全集』(岩波書店)への菊地信義による批評文。2016年秋、«TAKASHI HIRAIDE—-AIRPOST POETRY» 展(国際交流基金トロント日本文化センター)で展示。
白を基調とした装幀が書店に溢れているが、これほど大胆かつ繊細に白をあやなした装幀をついぞ見たことがない。
白という色の印象におもねることなく、白という色の見え方を巧妙に巧んだ装幀。函から表紙、見返しから扉へ、その白を追う。
函は麦藁の繊維の細片を漉き込んだラフな風合いの紙張り。全面明るい灰色でベタ刷り。
タイトルは光の角度で金とも銀とも取れる(色を感じさせない)メタリックの箔押し。
それにルビのように添えた欧文は白の箔。ラフな紙へ圧をきかせた押しで、文字から箔がはみ出し、滲んだ白。
その下へカット風にあしらわれた船舶のスクリューとおぼしき写真。灰色の地へ黒の抜き合わせ。スクリューのハイライト部分が微妙な白みをかもし出す。
背は平と同じタイトル、下に巻数と篇名が黒で記されているのだが、その間を仕切る細く短い横罫が白抜き。そこにだけ生かされた紙の白。それは同時に閉じ込められてある紙の白をイメージさせもする。
函に付された帯は青黒い紙に文字がオペークインクのくぐもった白。
そんな異なる白の間合いに逸(はぐ)れた心を函から覗く本の白い背が惹き付ける。
継ぎ表紙の背が微細な革しぼ感の純白のクロス。
タイトルと巻数字だけがメタリック箔、他のすべての文字は空押し。滲んだ白も、くぐもった白も失せ、クロスのあっけらかんとした白が強調される。
表紙(平は紗のような布で1巻は青、2巻が茶)を開くと、見返しは縦に細かな毛布目の走るファンシーペーパー、
色はクロスと同じ純白。
函や帯の屈折した白の有り様を無化するような白の放逸。
扉から口絵へ、上質紙や塗工紙と紙質や触感は変わっても変わらぬ白。
追った白に追われるように目が留まったのは、詩歌篇とだけ記されたクリーム色の本文一頁目。
八百頁の束を崖の際から大海を見る、そんな思いで見つめたものだ。
船影は見えぬが近づく音がある。
『装幀思案』(角川学芸出版 2009年刊)より
©Nobuyoshi Kikuchi